【情】産経新聞2005年9月18日(日)特集から転載しました。(2005年9 月)

プール名

魚と泳げる海水プール
「海軍棒」

住 所

沖縄県南大東村

施設の特徴

詳細は公式サイトをご覧下さい

>>産経新聞の掲載サイト

交通機関


産経新聞から転載


この写真は上記産経新聞紙上からスキャンさせていただきました。

※掲載事項が変更されている場合もありますので、事前に確認してからのご利用をお勧めします。
掲載事項に関してまで責任を持つものではありませんのでご了承下さい。
【情】産経新聞2005年9月18日(日)特集からそのまま転載

 紺碧(こんぺき)の大海原から突き出すように伸びる断崖(だんがい)絶壁。波打ち際には、岩礁に囲まれたプールがあり、スローライフを満喫するかのように親子がゆっくりと泳ぐ。台風の通り道にあたる“絶海の孤島”だが、その襲来時に押し寄せる強烈な風波が嘘のように静かな時間が流れていた。

 沖縄本島から東へ約四百キロの太平洋に浮かぶ大東諸島三島の中で、最も大きい南大東島(沖縄県南大東村)。周囲約二十キロ、人口千四百人余の小さな孤島にあって、遊泳を楽しめるのが、東岸にある「海軍棒」と呼ばれる人工の海水プールだ。

 同島は隆起サンゴ礁で形成された世界的に希少な離水環礁の島。外周は「はぐ(幕)」と呼ばれる小高い丘に囲まれ、中央部は盆地になっている。約二千メートルの深海から伸びる独立峰の頂部にあたるため、海岸線は高さ二十メートルもある急峻な岩壁になっており、砂浜はない。

 潮だまりの岩礁を削って造られた海軍棒は、縦25メートル、横15メートルで、深さは約1.5メートル。旧帝国海軍が明治25年に測量用に建てた標木があることから「海軍棒」と呼ばれるように。迷い込む魚と一緒に泳げるとあって子供連れで訪れる島民もいるが、満潮時には波に沈むため泳げない。

 台風一過に家族四人で海軍棒を訪れた大阪府茨木市の会社員、寺内唯師さん(33)は「二年前に沖縄本島を訪れたさい、海軍棒の存在を知り、行こうと決めました。あこがれの場所で家族と一緒に泳げて、本当に良かったです」と感慨深げに話した。

 南大東島は古来、琉球王朝では“大きい東の島”を意味する「うふあがり島」と呼ばれ、神の住む楽園としてあがめられていた。19世紀には、島を発見したロシア海軍の艦船名を取って、欧州の地図に「ボロジノ島」と記載されたことも。

 島の開拓が始まったのは、約百年前。東京・八丈島の豪商、玉置半右衛門が明治三十三年に有志二十二人とともに上陸。その後、熱帯の原生林を開拓してサトウキビ栽培で発展を遂げ、今では島の半分をサトウキビ畑が占めるほどだ。

 深海に囲まれた島には防潮堤などがないため、台風通過時には強風や高波が直撃。波しぶきが海岸から200メートル以上も離れたサトウキビ畑に降り注ぐことも。また、シケが続くと定期船が一カ月近くも欠航、島内の商店から生鮮食料品などが消えることもあるという。

 台風シーズンには毎年、気象情報で名前が頻繁に登場する南大東島。厳しい環境下に置かれながらも、風水害や海難にめげることなく、力強く生きる島民の姿を見るうちに、南国特有のおおらかさが孤島で暮らす秘訣(ひけつ)であるように思えた。

(写真報道局 早坂洋祐)

掲載事項の変更や間違い、他の情報、ご感想等ぜひ掲示板メールでお知らせ下さい。お待ちしております。

 沖縄県にもどる【水夢王国】TOP

 無断転載禁止
FUJIKI INDOOR SWIMMING INFORMATION/ (C) 1999〜2005 Fujiki Taro, All Rights Reserved