屋内ではないのだが、このプールは日本水泳界の金字塔を打ち立てた昭和初期の珍しい記念のプールだった。

プール名 (長野県)須坂市営プール(公共)(屋外のみ)  

住 所 長野県須坂市常盤町

                     

電 話

夏期のみ。問い合わせは市役所体育科(026)248−9021

交通機関

長野電鉄「須坂」駅から車8分

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施 設
営業時間・料金
印 象

屋外プール/

 50m×9コース

 幼児用小プール 

営業時間(6/20〜8/30)

プール開き6/19。

 6月は土日のみ。

 以後は9時〜16時

夜間(17時半〜21時)は
        7/25〜8/9まで。
 

料 金

大人/100円

中学生以下/50円

2009年取り壊されました。
日本水泳界の歴史に燦然と輝く先人の偉業は忘れされようとしています。良き伝統を無視した市政には大変残念であります。(国王)

何をかくそう国王が生まれ育ったプールがこの市営プールの前身「須坂町営プール」である。
日本で最初のプール(水泳場)は大阪の茨木中学(現茨木高校)というのはつとに知られているが、その次がこのプールだという。
日本で2番目にできた本格的水泳場である。(但し、そのプールは今は須坂市体育館になっていて存在しない)
大正末期このプールの前身である「須坂町営水泳場」が
昭和天皇の立太式記念?ということで建設されたという由緒あるプールである。当時、岡谷に次いで世界に向かって
意気軒高たる
生糸の製糸業の町の勢いがそうさせたのだろうか。

 当時のプールは、長さ100mにおよぶ大プールで、5mの飛び込み台もあり、付近を流れる川からの水を取り入れたプールであった。もちろん当時としては空前の施設であったであろう。町民のびっくりマナコが想像できるが、昔の政治家は偉い

 はたしてこのプールから数々のスイマーが誕生し、「水泳の須坂」か「須坂の水泳」かと云われるほど地元の須坂西高校(旧制須坂中学)は数十年間、長野県下では無敵の強さを誇って市民の自慢の一つであった。
 
日米対抗水上で有名な米国ロバート・キッパス監督は密かにここ須坂の水泳選手の動向を探っていたという話も伝わっているほど。 

 しかし、35年前、残念にも日本水泳界の歴史に残るこの「水泳場」は市体育館の建設のために簡単に取り壊されてしまって、その昔日本に誇る町長の英断水泳の栄光があったことはは知る由もないのがなんともさびしい。
 そして約30年前に現在のこのプールが建設された。しかし、その誇りを大切にしようとか育てようとかいった事はどこにも感じられないプール施設で非常に残念でたまらない

 時の町長の英断とその後の水泳立国を考えれば、他の市町村の町おこしのような中途半端な設備を作るのでは失礼であり、日本にいや世界に誇るくらいの屋内プール等の設備と人材育成決断しても少しもやり過ぎではないと思うのだが‥‥‥。

  

 脱衣所がいい加減で汚すぎる。

 

 

 

 

 

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